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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2009号 判決 1988年2月26日

控訴人(原告) 石田梅乃

右訴訟代理人弁護士 小西正人

被控訴人(被告) 日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 品川正治

右訴訟代理人弁護士 向田誠宏

被控訴人補助参加人 藤田禎子

右訴訟代理人弁護士 坂本豊起

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立て

一、控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金一四五〇万四八〇九円及びこれに対する昭和六一年一一月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え(当審において右のとおり請求を減縮)。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。との判決を求める。

二、被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二、主張及び証拠関係

次のように付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決三枚目表二行目から同三行目にかけて及び同五行目の「一七五〇万一〇四〇」をそれぞれ「一四五〇万四八〇九」に、同一一行目末尾に続けて「亡昌宏は、一旦前車を追い越そうとしたが、前車が右にハンドルを切ったため追い越しを止めようとして急ブレーキをかけてバランスを崩して転倒し、身体が反対車線へ飛び出したところを保険契約車両に轢過されたため頸椎骨折の傷害を受け、よって死亡したものである。」を加え、同裏二行目の「中、」から同七行目末尾までを「は認める。」に改め、同四枚目表五行目の「一七五〇万一〇四〇円」の次に「(亡昌宏の損害金一四五〇万四八〇九円、補助参加人固有の損害金二九九万六二三一円)」を、同五枚目裏末行の「通常」の次に「であるし、銀行又は郵便局における預貯金払戻の場合には、銀行等が作成した証書によりその真正な権利者が何人であるか明確であるのに対し、損害保険会社における保険金請求の場合には、請求書等は請求者が作成しその真正な権利者は相続関係を調査して初めて明確になること及び郵便貯金の場合には郵便貯金法二六条、郵便貯金規則五二条により支払手続について無過失を要求しているし、銀行の支払に関する免責約款についても最高裁判決は無過失を要件としていることに照らし、被控訴人が保険金を支払うに当たっては真正な権利者か否かを預貯金の払戻の場合に比してより慎重に調査すべき義務を負っているというべき」を、同六枚目表四行目の「あった」の次に「(相続放棄の有無は、利害関係人であれば当該家庭裁判所の窓口において、三〇分程度で調査できることは顕著な事実である。)」を、同五行目末尾に続けて「しかして、昭和六〇年度の交通事故による死亡者数は、九二六一名であり損害保険会社数は二一社、店舗数は約八〇〇店である。したがって、単純計算すると年間一社当たり四四一件、一店舗当たり一一・五件の割合になるが、死亡者の中には、親子、兄弟等の同死の場合もあり調査件数としては更に少なくなると考えられるところからすると、相続放棄の有無の調査に要する時間は、店舗から家庭裁判所までの往復時間を加算しても約一時間程度であるから、営利事業として損保業を営む被控訴人にとってその調査は容易なことであり、決して苛酷な調査義務を要求するものではなく、保険支払事務の円滑な運営を害するとは考えられない。」をそれぞれ加える。

二、同六枚目表一二行目の「記録中の」の次に「原審及び当審における」を加える。

理由

一、当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

原判決七枚目表六行目の「第四号証」を「第二号証、第四号証、証人藤田禎子の証言」に改め、同七行目の「(藤田」から同行の「放棄)」までを削除し、同九行目の「弁論」から同裏二行目末尾までを「請求原因5の事実は当事者間に争いがない。」に、同八枚目表五行目の「前認定のとおり」を「前記」にそれぞれ改め、同九枚目表八行目の「現象であり」の次に「 (ちなみに、総務庁統計局編・第三七回日本統計年鑑によると、我が国の死者数は、昭和六〇年には七五万二〇〇〇人、昭和五〇年代においては概ね六九万人ないし七四万人であり、最高裁判所事務総局編・昭和六〇年司法統計年報3家事編によると、全国の家庭裁判所で受理した相続放棄の申述の受理件数は、昭和六〇年には四万六二二七件、昭和五〇年代においては概ね四万二〇〇〇件ないし四万八〇〇〇件であり、死亡者数に対する相続放棄申述受理率は概ね六パーセントにすぎない(右資料によってこれを兵庫県(神戸家庭裁判所)についてみると、昭和六〇年には約三パーセント(死亡者数三万三九五二人、相続放棄申述の受理件数一一五九件)である。)ことからも、右判断は裏付けられる。なお、昨今相続放棄申述受理事件が急増しているとの控訴人の主張は、右相続放棄の申込受理件数の状況に反し、認め難い。)」を、同裏一一行目末尾に続けて

「なお、控訴人は、銀行又は郵便局における預貯金払戻の場合と対比して、損害保険会社における保険金支払の場合には真正な権利者か否かをより慎重に調査すべきである旨主張するが、表見相続人に対して保険金を支払った損害保険会社に過失があるかどうかは、相続人に対する自賠責保険金支払の実態及び特殊性等を考慮して判断すれば足り、これを銀行又は郵便局における預貯金の証書上の権利者に対する払戻の場合と対比するのは相当でないばかりか、銀行又は郵便局における預貯金払戻の場合に比して権利者の相続人についての調査をより慎重にすべき義務があるとは一概にいうことはできない。また、控訴人は、交通事故による死亡者数と損害保険会社数とを掲げて被控訴人が相続放棄の有無を調査するのは容易であり、これを全て調査することとしても保険金支払事務の円滑な運営を害するとは考えられない旨主張するが、仮に控訴人主張の事実が存するとしても、遺族が相続放棄を行なったことを疑わしめる事情が保険会社に判明しているかどうかを区別することなく、相続人からの保険金の請求全てについて相続放棄の有無を調査すべきものとすることは、相続放棄が前記のように稀であることと保険金の速かな支払が要請されていることから考えて相当ではない。したがって控訴人の右主張はいずれも採用できない。」をそれぞれ加え、同一〇枚表一行目の「伺わしめる」を「窺わしめる」にそれぞれ改める。

二、そうすると、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 大石貢二 松山恒昭)

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